遺言の方式と執行

 私は今年八〇歳になりました。肉体的な衰えを、最近強く自覚するようになり、また私の死亡後の財産の処分を明確にしておきたいため、遺言書の作成を考えております。
 その作成方法にはいろいろな方式があり、一定の約束事が定められていると聞いていますが、後日、紛争が生じないようにするにはどうしたちよいでしょうか。

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 遺言は、人の生前における最後の意思に法律的効果を認め、死後にその実現をはかる制度です。人が死後における自己の財産関係や身分関係を配慮し、遺族がこれを尊重する道義的要請と、私有財産制度に基づく財産処分の自由などが遺言を認める理由です。旧法では「家」の承継者の指定・廃除が中心とされていたため、遺言があまり利用されませんでした。
 しかし現行法は、財産の相続に関してはもっぱら共同相続を原則としたため、共同相続人間の利害も複雑となり、この争いを未然に防ぐ方法として遺言の効用がいちじるしく増大しているわけです。
 遺言は、遺言者の最終意思を尊重する制度なので、行為能力のような行為者自身の保護を目的とする必要もなく、なるべく多くの人が遺言できることが望まれています。しかし、最終意思には遺言事項について正常な意思に基づく合理的な判断をなしうる意思能力が備わっていなければなりません。それを遺言能力といい、民法は満一五歳を標準とし、それ以上の者は誰でも遺言できるものとしています(民法九六一条)。
 また禁治産者については、二人以上の医師が立会い、心神喪失の状況にかいことを証明すれば単独で遺言することができます(民法九七三条)。このように、遺言は本人の意思を尊重するものである以上、代理に親しまず、単独行為によるものとされています(民法九六一条、九六二条)。
 遺言は、常に遺言者の死後に効力が生じるので、後で真意を確かめる機会がありません。このため、遺言者の遺志と違うものが実現されてしまったり、遺言書の偽造・変造の危険も少なくありません。そこで民法は、遺言書が法の定める一定の方式にしたがうことを要求し、この方式にしたがわない遺言は無効としています(民法九六〇条)。しかし、法定の方式の枠内でわずかに違背しているに過ぎない場合は、できるだけ遺言者の真意を生かすように学説・判例は努めています。
 遺言の方式は大別して、普通方式と特別方式があります。しかし、遺言は確実な普通方式によることを原則とし、特別方式は、普通方式によって遺言することが困難または不可能とする特殊な事情がある場合に限り、例外的に認められた簡易なものです。
 このため、特殊事情が解消したときから六ヵ月間遺言者が生存すると、遺言書そのものは無効となってしまいます(民法九八三条)。
 普通方式には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の三種類があります。いずれによるかは遺言者の自由です。
 自筆証書遺言は作成が簡単で、しかも遺言したことを他人に知られずにすむという長所がある反面、遺言書の紛失・隠匿・毀減・変造の危険があり、検認手続も必要です。
 公正証書遺言は、公証人及び証人立会のもとで作成されるため、遺言内容を秘密にできない欠点がある反面、遺言の存在及び内容が明確で、証拠力が高く、滅失や偽造変造のおそれもなく、検認手続も必要としません(民法一〇〇四条二項)。
 秘密証書遺言は自筆証書遺言と公正証書遺言の長所をかね備えていますが、作成の手続が若干めんどうです。
 これらのくわしい作成方法については、以下で説明していくことにします。
 (1)自筆証書遺言
 遺言者が、遺言の全文、日付及び氏名を自分で書き、これに印を押すだけで遺言となるもっとも簡便な方式です。
 まず、遺言者がすべての部分を自書することがこの方法の要点で、日付、氏名、捺印のどれか一つを欠いても無効となります。また、全文が自筆で記載される必要があり、外国語、略字、速記文字などで表現することについては別に差し支えありません。しかし、タイプライターや点字鉄を用いたものは、真に本人の作成かどうか判別が定かでありません。さらに録音テープによるものについて加除・変更の危険があるため、これらの方法によるものは一般に無効と解されています。
 なお、他人に口授筆記してもらうことは原則として許されていませんが、手のふるえる場合に運筆を手助けしてもらうことは何ら支障がありません。
 日付は、遺言能力の有無、遺言作成の前後を確定するのに必要なもので、その作成年月日が無かったり、明確でなければ無効となります(大審院判決・大正5・6・1)。
 しかし、必ずしも暦日を記載する必要はなく、「還暦の日」ないしは「満何歳の誕生日」などの記載、つまり作成の日付が特定できれば差し支えありません。なお、封筒に日付を自書した場合は有効と認められますが(福岡高裁判決・昭和27・2・27)、何年何月吉日という記載は、吉日がいつの日をさすのか不明なので無効となります。
 氏名は、誰が遺言者か、遺言内容その他から本人の同一性を明確に認識できる程度の表示であればよいと解されているところから(大審院判決・大正4・7・3)、単に氏または名を自書するだけでも、雅号、通称、芸名でも差し支えありません。しかし、まったく氏名のないものは、筆跡から本人の自書と立証できても有効とはなりませんので注意が必要です。
 押印も氏名と同じ趣旨で有効要件とされているものです。したがって、印は実印である必要はなく、認印や栂印でも差し支えありません。
 一連の遺言書が数葉にわたり、その間に契印・編綴がない場合でも、その数葉が内容、とじ目、頁の記載などによって一通の遺言書として作成されたものであることが確認できれば一通の遺言書として認められます(最高裁判決・昭元35・6・22)。遺言の加除や訂正は、変造防止のためきわめて厳格な方式が要求されています(民法九六八条二項)。しかし、この加除訂正の方式に瑕疵があっても、その遺言の効力に影響を及ぼさないと一般に解されています(最高裁判決・昭和47・3・17)。
 なお、自筆証書中の証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については、たとえ民法九六八条二項所定の方式の違背があっても遺言者の意思を確認するについて支障がないものであるから、方式違背は、遺言の効力に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である(最高裁判決・昭和56・12・18)という判例があります。
 (2)公正証書遺言
 公証人が作成する公正証書によってなされる遺言を「公正証言通言」といいます。この遺言は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授して筆記してもらい、遺言者と二人以上の証人が筆記の正確なことを承認した後、署名押印して作成するものです。ただし、遺言者が署名できない場合には、公証人がその事由を付記して署名に代えることもできますぃ(民法九六九条)。
 また、遺言者が病気などで動けない場合には、現地出張を求めることもできます(公証人法五七条)。
 (3)秘密証書遺言
 遺言の存在は明確にしておきたいが、その内容を自己の生存中は秘密にしておきたいときに行われる方法が「秘密証書遺言」です。この場合には、遺言書は封印し、その中に遺言書が入っていることを公正証書手続で公証しておく必要があります。
 遺言書の書面自体には格別の方式はなく、自書や日付の有無を問われませんので、タイプライターを用いたり、他人に代筆させてもかまいませんが、遺言書の封印に使用した印と同一のもので自署押印しなければなりません。
 なお、検認の手続は自筆証書の場合と同じく必要です(民法一〇〇四条)。
 特別方式による遺言
 (1)危急時遺言
 死期のせまった場合に許される遺言の方式で、これは一般の死亡危急遺言と船舶遭難の場合の難船危急時遺言とに分けられます。
 死亡危急時遺言、遺言者が三人以上の証人の前で遺言の趣旨を口授し、証人のうちの一人がこれを筆記する方法をいいます。この場合、筆記した証人は遺言者ならびに他の証人に対しその内容を読み聞かせる必要があります。各証人は、その筆記が遺言者の口授どおりであることを承認した後、これに署名・押印しなければなりません。
 難船危急時遺言、この方式は、死亡の危急と船舶の遭難がかさなった場合になされるものです。このため遺言方式の厳格さが緩和されており、証人の数は二人、また、遺言の内容をその場で筆記し読み聞かせる必要はありません。当然、遺言者の署名・押印もいりません。
 なお、一般危急時遺言は日付の日から二〇日以内に、また難船危急時遺言は遭難解消後遅滞なく、それぞれ遺言書を家庭裁判所に提出して、遺言者の真意に基づいて作成された遺言書かどうかの確認を受けなければなりません。この確認を受けない遺言は無効となります。
 証人・立会人の資格
 未成年者。禁治産者及び準禁治産者、推定相続人、受選者、推定相続人及び受選者の配偶者ならびに直系血族、これらの者は利害関係があるため証人・立会人となることができません(民法九七四条、九八二条)。
 したがって、臨終の枕元で遺言する場合には、医師や友人などの利害関係のない第三者を証人(一般の場合は三人、難船の場合は二人)にたてて遺言しなければなりません。
 (2)隔絶地遺言
 遺言者が一般社会との自由な交通が遮断された場所にいるため、普通方式によることができない場合に許される遺言の方式をいいます。これには、伝染病隔離者遺言と船舶在者遺言の二つがあります。いずれも生命に切迫した危険がないので、遺言書を自分で書く必要はありませんが、口頭による遺言は認められません。
 また、伝染病で隔離された者の遺言は、警察官一人と証人一人以上の立会いによって作成されねばなりません。なお、ここでいう警察官とは警部補以上の者で、巡査を除くと解されています。
 遺言は人の最終の意思を尊重する制度ですから、その意思はなるべく死亡の時期に近いものであることが望まれます。したがって、遺言者は何ら特別の理由がなくても、いつでも自由に以前に作成した遺言の全部または一部を撤回することができます(民法一〇二二条)。
 遺言を撤回するには、撤回の意思を明確にするため、原則として遺言の方式によらなければなりませんが、前に作成した遺言と同一の方式である必要はありません。例えば、公正証書遺言を後で自筆証書の方式で撤回したとしても、その効力が何ら減ずることはありません。
 なお、次のいずれかにあたる行為があれば、法律上当然に遺言が撤回したものとみなされますので注意が必要です。すなわち、
 前の遺言と後の遺言とが抵触するときは、その抵触部分(民法一〇二三条一項)
 遺言者が遺言後、その内容と抵触する生前処分その他の法律行為をしたとき(民法一〇二三条二項)
 遺言者が故意に遺言書を破棄したとき(民法一〇二四条前段・ただし、公正証書遺言の場合、原本が公証人役場に保存されているので、遺言者の所持する正本の破棄だけでは撤回となりません)
 遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したとき(民法一〇二四条後段)
 の以上四つが認められたとき遺言は撤回されるということです。
 遺言は、撤回されることによりはじめからなかったのと同様の結果となります。また、遺言の撤回行為を撤回することは、詐欺・強迫が判明した場合を除き認められません。

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